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20180306 火曜日

 

 明日はようやく休みだ。今まで、休みをもらったところで、平日にできなかった仕事をこなすだけで一日が終わっていた。ということで、数十日ぶりの休みとなるだろう。めまぐるしい期間が少し落ち着いたということで、そろそろ心を臨戦モードから平常モードに切り替えていかなければならない。

 この、モードの切り替えは難しくて、一気に仕事量が減ると、伸びきったゴムのような精神状態になる。空虚で、身体は動かさないのに、頭と心はものすごく焦る、といったバランスが悪い状態だ。そして、気が抜けると、何かのきっかけで「プツン」となる。一番危険なのは、きっと働いて働いて心身がへとへとになっているときではない。友人Yも言っていたけれど、気持ちが「プツン」と切れたときだ。

 昨日、その「プツン」が訪れた。複合的な要因があった。上司からの𠮟責・極限に達した一ヶ月の疲労・直近の上司との性格の不一致による苛立ちの蓄積・夜なべして作った製品を提出した後、勤務が明けて仮眠を取ろうと思ったが、思わぬ事故の連続発生でそのまま職場に赴くーこれだけなら、まだ耐えられた。いつものことだ。

 しかし、その日、眠い目をこすって歩いて職場に向かう途中、厚い氷の上で足を滑らせて転倒した。今まで重心を臀部に移して尻を打ち、怪我を避けてきた。しかし、今回は思わぬ転倒で膝を打ってしまった。子どもでもあるまいに、あまりに痛くて涙が出た。立とうとしても靴のつま先が滑って力が入らず、うめいた。しかし、そこを歩く人は、痛みに耐えかねてうめく哀れで小汚い私に一瞥をくれるだけだった。

 上から見下ろされ、何の感情も持たずに自分の体を通過する視線がこんなに惨めで、苦痛に感じるなんて。疲れていたこともあって、誰も私を救ってはくれないんだ、一ヶ月こんなに頑張ったじゃないかと、誰かを責めたい気持ちだった。オリンポスの神々でもヴァルハラの神々でも誰でもいいが、運命を司る存在がいるなら直談判したかった。

 膝の怪我が思っていたよりひどく、まっすぐ歩けなくなった。職場に入ったときはもう涙は引いていたけれど、びっこを引いて目が赤い私を見た直近の上司は、驚いたのか、笑った。悪意があったわけじゃないことはよく分かっているけれど、一ヶ月溜まりに溜まった苛立ちが爆発し、自分の席に着いて壁を向いた瞬間、涙が止まらなくなった。

 「泣けば済むと思っている女はいいよね」と昔、誰かが言っていた気がする。もしかすると私について誰かそう思ったかもしれないけれど、何かしてほしいから泣いたわけではない。ただただ目から液体があふれだして止まらなくなっただけだった。

 一日、泣きながら仕事を処理し続けた。同じ会社の同期2人が電話をくれたり、ラインをくれたり、大学の先輩とラインで話したり、職場を同じくする他社の友人から「大丈夫か」と連絡をもらった。それぞれの苦境を聞き、「みんな苦しんでいるのだ、そのなかで戦ったり、工夫してやりすごしているのだな」と、惨めな気持ちが少し薄まった。

 帰宅して、凝固した傷口と一体になったタイツを丁寧にはがした。痛みと惨めさにまた涙が出てきたけれど、せめて自分だけは自分を大切にしなければと思いたち、お湯を張って、買ったばかりのgloを吸いながら昔のことを思い出していたら、いつのまにか浴槽で眠ってしまっていた。凍えかけて、「やりきれないな」と思った。